『必読』ダイジェスト 2023年10月31日に経済ニュースサイト「界面新聞」に中国科学院科学技術戦略諮問研究院研究員の周城雄氏のエッセーが掲載された。『必読』編集部は若干省略、編集した上で以下抄訳した。
ここ数年、中国の多くの専門家、大きな影響をもたらす政策の策定者らは、「米国の科学技術が強大である根本的な理由は、その基礎研究が発達していることにある」と見ている。まず基礎研究が強大になり、続いて技術上でリードし、それから産業において強大になる――この線形論理は一つの結果を導き出した。それは即ち、中国が科学研究をするにもまず基礎研究をしてから応用研究をし、それから開発実験(Experimental Development)をするということで、即ち、科学技術成果の実用化、転化を推進すべきだということである。実際の面から見ると、このような認識はもはや既存有の科学研究と産業政策を直接形作っている。
だが、この認識は歴史とは相反するものである。表面的には、この論理的には筋が通っているように見えるが、実際には、これは想像によって得られたやり方だ。
歴史的に見ると、米国はまさに別の道を歩んできた。それはつまり、まず経済規模を世界一にし、工業生産額が世界一になることで、続いて技術で世界をリードし、最終的に科学理論、科学発見の面で世界をリードする、それがいわゆる基礎研究の世界をリードするということである。
1871年頃、米国の国内総生産(GDP)はもはや世界一になっていた。19世紀末には、工業総生産額は世界一になった。第一次世界大戦前後、米国はすでに技術で世界をリードしており、多くの世界的な発明家を輩出し、重要な技術・発明を生み出した。だが、1930年までに世界で90のノーベル物理学賞、化学賞、医学賞が授与されたが、そのうち米国の科学者に授与されたのは4つだけだった。1930年代にはドイツナチスの大規模な迫害によって、欧州の多くのトップレベル科学者が米国に渡った。そのため、1930年代の米国は10のノーベル科学賞を獲得して、第二次世界大戦後になって米国はようやくいわゆる基礎研究においてリードした。
実際には、第二次世界大戦前の米国には科学技術政策がなく、科学技術政策という概念もなく、農務省など一部の省庁だけが科学技術の研究開発に資金援助を行っていた。このことは西側政府の考え方と一致していた。ニュートンの時代から、政府は納税者のお金で科学研究をするべきではないと考えていた。なぜなら、議員の間では、「科学研究は歌を歌ったり、踊ったり、琴を弾いたり、絵を描いたりするような個人の趣味であり、公的財政で支援するのは不可能だ」と広く考えられていたからだ。だから、第二次世界大戦まで、米国政府は地質調査、測量マッピング、基準の策定などの公益的な資金援助をしただけで、目標は科学研究をすることにもなかった。
だが、第二次世界大戦は上記の構図を変えた。第二次世界大戦には物理学者が深く関与しており、戦争終結直前にルーズベルト大統領は物理学者のヴァネブァー・ブッシュ(Vannevar Bush)に政府と科学者の協力の将来の形を研究させたが、これは実際には、ブッシュに米国の科学技術政策を立案させることに等しかった。これにより、第二次世界大戦後期の物理学者は科学技術分野で影響力がますます大きくなっただけでなく、政府や社会においても重要な役割を演じた。
だが、ブッシュは、議会と政府が平時に膨大な資金援助プログラムの継続を承認するのは難しいことを知っており、農務省が以前提唱した「基礎研究」の概念を使うとともに、「ブッシュ・パラダイム」を提起した。それは、「基礎研究は応用を目的としないが、後に技術をもたらし、非常に良好な応用の見通しもある」という考え方である。そこで、基礎研究から技術進歩、産業での応用に至るまで、ブッシュは線形的な解釈のロジックを組み立てた。
だが、「科学――限りなきフロンティア」(通称ブッシュ・レポート)と題する報告書は当時、トルーマン大統領や議会に承認されず、大きな役割を果たすことはなかった。その後、「冷戦」がますます激しくなるにつれて、とくに1957年、ソ連が真っ先に人工衛星を打ち上げ、米国世論に大きな衝撃を与え、そして政府の政策決定に影響を及ぼしたことで、「ブッシュ・パラダイム」はようやく真にその役割を発揮して、米国国家科学財団(National Science Foundation,NSF)もようやく成立したのであた。
ただ、そうはいっても、米国国家科学財団が設立された後も「ブッシュ・レポート」を完全に拠り所にしたわけではなかった。多くの政府省庁----例えば、農務省、エネルギー省、米国航空宇宙局(NASA)、国防総省―の責任担当者は、基礎研究に専門部門を置くのは問題があり、実際のニーズにマッチしていないと見ている。だから、米国の基礎研究の大半は政府の各省庁の支援の下で行われているが、米国国家科学財団が支援している基礎研究はほんの一部で、約6分の1にすぎない。
また、これらの省庁が支援する研究は基礎研究とも呼ばれているが、ブッシュのいう基礎研究とは違う。彼が定義した基礎研究はいかなる応用も考えることなく、自然にその成果が出て、後から技術がもたらされるというものだ。だが、それらの省庁では、基礎研究とはこの分野の将来の応用と密接に関わっていることは間違いない。だから、実際には、米政府の政策はブッシュの提案に完全に基づいたものというわけではなかった。
実践の中ではブッシュ・レポートも通用せず、米国の歴史的な道筋に沿っていくしかなかった。だが、政策界はブッシュという「線形モデル」を引き合いに出して、政策分野に影響を与え、政策決定分野に影響を与え、議会交付金に影響を与え、政府の行動に影響を与えることができた。
だが、この「ブッシュ・レポート」は影響力が強く、米国の範囲を超えて世界中に広まった。その結果、世界中のほかの地域の人、ほかの地域の国、とりわけ後発国、例えば日本、韓国は、逆に「ブッシュ・レポート」を信じた。だが実際には、日韓は中国と似ていて、まず産業を徐々に大きくしてから、比較的多くの技術的ブレークスルーを得ている。例えば、日本は2000年以降になってようやく連続してノーベル賞を受賞し始めたが、この時点で日本経済はすでにテイクオフしており、さらに言えば下落が始まっていた。中国では、このような言葉を持ち出す人々は、科学技術政策を策定する人々と重なっているところが非常に多く、認識の上で「プラスのフィードバック」をもたらしている。
実際には、「基礎研究」は厳密な科学の概念ではなく、より正確な表現は理論研究や純科学研究であり、「応用研究」に対応しているはずだ。この論理で「基礎研究」を定義すると、基礎研究は少なく、果たす役割も大きくない。歴史上、第一次産業革命と第二次産業革命は純粋な理論や科学との関係は大きくなく、関連度も高くない、第三次産業革命におけるマイクロエレクトロニクス革命は、量子力学や原子におけるミクロの世界の研究と関連性があるが、現在われわれが経験している産業革命は、実は量子力学や相対性理論とはほとんど関係ないことに注意する必要がある。物理学はほぼここ百年ほど大きな理論的ブレークスルーがなかったいため、人類の現代技術の新しい発展はすべて基礎研究を前提としていると言うのは、論理的に成立し難いといえる。簡単に言えば、基礎研究と応用研究は単純な直線関係ではないということだ。
したがって、政府としては、研究を大いに支援すべきだが、基礎研究と応用研究を区別すべきではない。実際には全く区別することなどできないからである。政府の力なのか、企業の力なのか、個人の力なのかを区別する必要もなく、この国で研究をしている人が十分に多ければ、良い成果が出る確率はずっと高い。国の資源投入は限られていて、どの国の財政収入も対GDP比は一定の範囲に限られているに違いない。典型的なのは旧ソ連で、すべてが国の投入だが、旧ソ連はどうして「冷戦」において米国との競争に敗れたのだろうか。それは投入に関わる資源が単一で、すべて政府に頼っていたからだ。一方、米国は社会全体による投入であり、連邦政府のほか、州政府、企業、私立大学や研究機関、公益基金、個人に至るまで、さまざまな力が投入された。
中国では過去45年間、民間企業の投資規模と比重が増加しており、中国の科学技術力の強大化を推進する一方で、世界の産業チェーンにも溶け込んでおり、これにより中国は外圧に対応する際、より十分な底力を持つようになり、ロシアに比べ、中国は「首根っこを押さえられる」ことへの対応の面で、対抗ツールもより多くなっている。
統計で言えば、中国の民間企業が投じているほとんどは、「開発実験」にすぎない。統計口径には基礎研究、応用研究、開発実験の区別がある。企業では、応用研究すら少なく、それらの研究は実はほとんどが開発実験であり、応用研究が占める割合は3%に満たない。
だが、このプロセスは必ず経なければならないものである。中国の大多数の有名企業は設立されてから20、30年しか経っておらず、なかには10年ほどしか経っていない場合もある。華為(ファーウェイ)のように設立から40年が経ち、発展状況も比較的良好な企業は、自然に応用研究に向かうことになる。2000年前後に出現したインターネット企業――例えば、騰訊(テンセント)、阿里巴巴(アリババ)、百度(バイドゥ)――も設立から25年ほどになり、彼らの科学研究への投資もモデルチェンジを進めている。
中国の市場が持続的に成長し、実力のある企業の数が多くなれば、次第に開発実験から基礎研究、応用研究へと邁進していくと思われれる。二者は新しい知識を生み出す上で一体のものであり、具体的に区別する必要はなく、企業自身に判断してもらえればよい。
(『日系企業リーダー必読』2023年11月20日の記事からダイジェスト)