『必読』ダイジェスト 目下、中国はハイエンド製造業へと突き進み、産業の高度化を実現し、「スマイル・カーブ」(Smiling Curve)の上の方に登りつめようとしており、「エンジニア・ボーナス」に大きな期待が寄せられている。中国の李強総理は3月13日の記者会見で、中国の人口はマイナスになり始めているが、「人口ボーナスは消えておらず、人材ボーナスが形成されている」と述べた。「人材ボーナス」と言っているのは、基本的に「エンジニア・ボーナス」のことである。

安い人件費のおかげで自国の商品の生産コストが下がり、その結果、海外の商品よりも競争力が増す。これがよく目にする「人口ボーナス」だ。それに対し、「エンジニア・ボーナス」は、優れた教育を受けた理工系人材によって技術革新を推進し、労働生産性の向上や生産コストの削減につながるものと考えられている。

早くも2017年に、チューリヒおよびバーゼルに本拠を置くスイス最大の銀行UBSの中国法人の報告書は「エンジニア・ボーナス」について楽観的な見方を示した。中国の理工系専門の大卒生は毎年300万人を超え、米国の5倍となっている。同時にまた、中国の研究開発従事者の給与は米国の8分の1程度で、この「エンジニア・ボーナス」が「人口ボーナス」の消滅による影響を補うことができる。

データもある種の楽観的見方を示し続けている。米ジョージタウン大学(Georgetown University)の研究によると、2000年に米国の大学を卒業した理工系博士課程の学生は中国の2倍だった。2005年時点で、中国は米国を逆転した。2025年までに中国の大学を卒業する理工系博士課程の学生は米国の2倍になると予想されている。

だが、人材を急ぎ必要としている企業、とくに先進的な企業にとっては、現状はそれほど喜ばしいものではない。かれらは機械を使って多くの労働者に取って代わらせておきながら、人材不足だと不満を言っている。生産現場ではブルーカラー労働者への需要からプログラミング、オートメーション、点検などの能力を持つ上級技師やエンジニアへの需要に変わっているが、現在の中国の人材市場では、こうした人材が不足している(『必読』2023年3月20日号記事「新任首相:『ハイエンド製造業』は『人材ボーナス』の活用を」を参照)。

中国のエンジニアはどこへ行ってしまったのか。あるいは、中国には本当に「エンジニア・ボーナス」があるのだろうか。

この問いに答える前に、「エンジニア・ボーナス」の二度の波を経験した国、日本のケースを見てみよう。

日本の過去は経験であり教訓でもある

「第二次世界大戦」が終わった後、廃止された日本の軍需産業で育成された多くの優秀なエンジニアが民需用工業の分野で活躍するようになり、戦後日本の経済回復を促すのに大きな役割を果たした。それは日本での「エンジニアボーナス」の第1波となった。

1956年、日本は「経済白書」で「もはや戦後ではない(景気回復期は終わった)」と宣言した。当時の日本は、過酷だがチャンスに満ちたグローバル市場での競争に巻き込まれようとしており、製品競争力と分業の専門性を高めることが急務とされていた。

危機感をいち早く感じ取った日本の大手企業数社は連名で、「科学技術者を計画的に育成し、理工系を優先的に発展させるべきだ」と主張した。日本政府も当然ながら、「エンジニア・ボーナス」の第1波が生んだ製造業の大発展を続けたいと思って、そこで、日本の2つの内閣(岸信介内閣・池田勇人内閣)は1957年と1960年に有名な「新長期経済計画」と「国民所得倍増計画」を発表した。それを簡単に要約すると、理工系大学を拡大し、理工系学生を広く募集し、理工系専攻を増やすということだ。

その後、日本の理工系専攻と大学生の数が爆発的に増加した。1961年から、毎年1万6000人の理工系学生を募集し、3年後に2万人に増加した。1965年に、理工系の新入生は19.7万人に達し、入学者数の45.3%を占めた。この割合は1956年のほぼ2倍だった。1970年には、理工系の新入生が32万人に達し、1965年より62.3%増えた。

理工系教育改革は日本の「エンジニア・ボーナス」の第2波を生んだ。日本の製造業は1970年代から1980年代にかけてピークとなった。自動車、材料、造船、半導体、電気機械などのミドル・ハイエンド製造業分野は、基本的にすべて米国と直接競争するだけの力があった。

「エンジニア・ボーナス」で日本は一躍世界第2位の経済大国になったが、その後遺症も徐々に顕在化し始めた。

1970年代の日本は産業の急拡大期にあり、理工系卒業生の就職率はほぼ90%以上を維持していた。だが、あまりにも多くのエンジニアが労働市場に参入したため、「インフレ」のような現象を引き起こした。人材の飽和は雇用競争の激化を意味する。そのため、日本の残業文化は激しさを増し、1980年代には残業と「名誉」が結びついていた。「過労死」という言葉も、まさにその年代に生まれた。データによると、1987年、日本のエンジニアの月平均残業時間は44.2時間だったが、米国の同業者はわずか2.8時間に過ぎなかった。

残念なことに、日本人はほぼ20倍の残業時間と引き換えに「公平な」収入を得られてはいない。1980年代、日本のエンジニアの平均年収は3.7万ドルだ、米国のエンジニアは約4.6万ドルだった。時給で計算すると、米国の公表値は1時間あたり22ドルだ。日本では公表されているデータがないが、残業時間を含めると、実際の時給は時給8.8ドル未満と試算されている。両者の差は大きい。

この事実から、自分たちが業界競争でリードしているには明らかなのに、ともどかしさを感じている日本人エンジニアも少なくない。だが、日本の製造業の労働生産性は米国の7割に満たないということを彼らは知らない。

日本のために「エンジニア・ボーナス」を生み出してきた、これらエンジニアの多くは、「時代のボーナス」を享受できていない。1990年代に日本の不動産バブルがはじけ、当時住宅を購入して失業したエンジニアの多くが時代の犠牲となった。

いくつかのデータの中から今日の日本国民のエンジニアに対する態度を見ることができる。1990年代末から、日本では工学系社員の「退職勧奨ブーム」が巻き起こり、いくつかの有名理工系大学では、工学部の学生数が大幅に減少した。日本文部科学省のデータによると、日本の工科大学生が占める割合は、1997年の19.5%から2017年の14.9%に下がり、全体の人数は1990年の134万人から2019年には79万人に減少した。

2000年以降、こうした優秀なエンジニアたちが退出していくにつれ、日本の人材は一時的に欠乏し、一部産業は韓国に追い上げられた。

中国の「二つの梯団」はいずれも不足している

中国が今追求しているのは「エンジニア・ボーナス」のA面、つまり技術的優位性で産業を強化することだが、日本の歴史は「エンジニア・ボーナス」のB面があることを示した。それはつまり、科学研究企業とハイレベル人材を際限のない「内巻(内なる競争)」に身を置かせることで、「エンジニア・ボーナス」がまた一種の「安価な労働力ボーナス」になったということだ。

後発工業国である中国は、実は早くから「エンジニア・ボーナス」を生み出そうとしており、1980年代の「数学・物理・化学をしっかり学べば、どこへ行っても困らない」というスローガンから、今では製造業の国産代替や「専精特新(専門化・精密化・特徴化・斬新化)」の支援など、政府は理工系人材の育成を力いっぱい奨励してきた。データを見ると、先進国の理工系学生の割合は人文社会系学生のほぼ半分だが、中国の場合はその逆だ。

一部業界が飽和状態にある中で、「エンジニア・ボーナス」のB面も見え始めている。

中国のSNSでは、生物、化学、環境、材料の四つの専門分野が理科系の「天の穴」分野といわれている。ある専門が「天の大穴」と呼ばれる最たる原因は、卒業後に理想的な進路につけないことだ。中国高等教育機関の管理データとコンサルティング企業「麦可思」の追跡統計によると、この四つの専門分野の学部卒業生の収入は全国平均レベルに比べて総じて低く、修士課程卒業生は辛うじて全国平均レベルに追いつき、博士課程卒業生になって初めて「天の穴」から抜け出すことができる。

だが、エンジニアのボーナスを生み出す「第一梯団」である工学系博士課程の学生のうち、卒業後に企業に就職したのは25%に過ぎず、産業のイノベーションを主導する市場経済と十分に結びついていない。

それとは対照的に、米国では1990年に工学系博士課程を卒業した人の59%が企業の研究開発部門に入ったが、30年後には77%にまで上昇している。一方、大企業とその研究室は、米国における継続的なイノベーションの最大の源泉の一つとなっている。

一方、中国は「エンジニア・ボーナス」のA面をなかなか得られていない。たとえば、エンジニアの「第二梯団」は実戦経験を持つ中上級の技術者だが、その人材が目下、著しく不足している。

中華全国総工会のデータによると、2021年末時点で、中国の7.5億人の就業者のうち、技能労働者は2億人、そのうち高度技能人材は6000万人で、これには上級工4700万人、技師1000万人、上級技師300万人が含まれる。だが、中国は第14次五カ年計画の末期(2025年)までに、就業者に占める技能労働者の割合を30%以上、技能労働者に占める高技能人材の割合を1/3にすることを目標としている。現実と目標の間にはまだ大きな隔たりがある。

比較してみると、日本の産業労働者チームにおいて、上級技能工の割合は40%を占めている。ドイツの産業労働者においては、上級技能工が50%を占めている。両国の技能労働者に占める高技能人材の割合は75%前後だ。

中国が注意すべき点は何か

A面をキープし、B面に警戒するには、三つのポイントを押さえる必要がある。

企業についていうと、やはりグローバル市場を積極的に拡大し、産業の高度化を堅持しなければならない。「パイ」が大きくなり、利益が多くなってはじめて「内巻」から飛び出ることができる。

教育システムについていうと、一層の改善を続ける必要がある。現在、中国の理工系専門では実践が不足しており、カリキュラムの設定は非常に速い産業の世代交代にマッチできてはいないが、中国の産業高度化のスピードは大学の科学研究と密接に関連している。

社会通念についていうと、「文系不要論」の偏見を打破しなければならない。社会科学と人文学科は同様に重要で、片足では歩きにくいものだ。例えば「首根っ子を押さえつけられる」チップ産業は、単に技術に打ち込むだけでなく、先進的な生産管理、市場開拓、資金調達、さらには法律、世論の対抗と組織的なロビー活動が必要であり、実際には系統的な問題だ。

特筆すべきは、人工知能(AI)が予想を超えた発展を遂げ、制度化・プロセス化された仕事ほど代替されやすいようになってきたことだ。

知識、産業、世界に対する個々の想像力と創造力はますます重要になるだろう。これはおそらく現在の中国が、「残業愛好者」で構成された当時の日本社会よりも大きな試練に直面していることを意味している。

(『日系企業リーダー必読』2023年5月5日記事からダイジェスト)

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