研究院オリジナル 一般の中国人の印象として、日本企業の大半は控えめでおとなしく、製品自体の品質を重視しているが、派手なマーケティングの展開が得意ではない。しかし、そのような日本企業にも例外がある。それは乳酸菌飲料メーカーのヤクルト(Yakult)だ。中国の国内企業はこれまでずっと市場マーケティングの分野で力強い勢いを見せてきたが、ヤクルトが中国市場で発揮しているマーケティング力は中国国内企業に少しも引けを取らない。むしろ同社のやり方は中国企業にとって学ぶべき模範とさえなっている。

ヤクルトの発展史を理解するなら、そのことに違和感を覚えることはない。1935年、代田稔博士は活性乳酸菌が人体の腸の健康に良いことを発見し、このようなプロバイオティクスによる飲料を発明し、「ヤクルト」と名付けた。耳にしただけで恐ろしくなって顔色が変わってしまうような細菌をどうやって人々に飲ませるのか?これこそヤクルトの商品化における超難題だったが、ヤクルトは見事にその問題をクリアした。30年以上にわたる発展を経て、初めの頃はあまり信頼を勝ち得ていなかったプロバイオティクス飲料が健康の代名詞へと次第に変化を遂げ、日本市場から世界市場への進出を果たした。言うまでもなく、ヤクルトのマーケティング能力は非常に優れている。

2002年にヤクルトは中国に進出した。2018年、中国におけるヤクルトの乳酸菌飲料市場のシェアは63.1%に達し、安定した業界でトップを突っ走っている。ヤクルトにとって中国は日本に次ぐ2番目に大きな市場であり、2019年の中国大陸におけるヤクルトの売り上げは全世界の売り上げの20%近くを占めた。2021年、中国大陸の市場全体におけるヤクルトの一日当たりの売り上げは698万本で、2002年の同売り上げの100倍以上となった。

正確なマーケティング

20年で売り上げが100倍以上、ヤクルトは中国市場でそれをどうやって成し遂げたのか?その秘訣は日本の市場で長年にわたって培われたマーケティング力であり、特に正確なマーケティング方式にあり、それが中国市場で成功を収める武器となった。ヤクルトが中国市場で打つ一手ごとに細やかな策が施されているのが見て取れる。

まず、参入する時期の選択だ。2000年以降、中国の乳業市場は急速な発展期を迎え、中国は全国民が健康を重視するという消費のアップグレードの段階に入った。この状況は中国市場にヤクルトの潜在的ニーズがすでに存在していることを意味した。ヤクルトは2002年に中国市場に進出した。

また、進出先にも考慮がめぐらされた。ヤクルトが最初の進出先として選んだのは広州であり、その次に上海で事業を展開した。広州は香港やマカオに近く、改革開放の最前線だったので、人々は新しいものを受け入れる点で、抵抗がなかった。上海は国内で市民の平均所得が最も高い都市で、2000年時点で市民の教育レベルがすでに中進国の水準に達していた。これら二つの都市が最良の足がかりとなり、消費トレンドを誘導する上でデモンストレーション効果を形成することができた。

広告マーケティングの面で、ヤクルトはいっそう精彩を放っている。20年にわたってヤクルトの広告は常に「腸の健康」というテーマを繰り返しており、広告内容の大半がシンプルだ。例えば、「今日、ヤクルト飲んだ?」、「腸のきれいな人こそ美しい」、「100億個の活性乳酸菌が腸の運動をサポート」といったコピーが、至る所で広まり、人々の耳に焼き付いている。このような典型的な洗脳式のマーケティングは品位に欠けると思う人もいるが、中国人がすぐにこの新商品を受け入れて、中国人の間でヤクルトを飲むことは腸の健康のための習慣という概念を首尾よく確立する点で役割を果たした。

最新である2021年版のヤクルトのコマーシャルも相変わらずだ。同コマーシャルでは、男の子がスクールバスに乗る際に、一本のヤクルトが男の子のところに飛んできて、次に食卓にいる二人の老人のところにも二本のヤクルトがやってくるというもので、コマーシャルの最後にシンプルかついくらか強引に「毎日飲もう!」というキャッチを入れている。実のところ、一般大衆へのマーケティングの新たな概念として、洗脳式の宣伝は往々にして最も効果的だ。

コマーシャルと互いに補完させるように、ヤクルトは科学性の普及を旗印に、様々なPR・宣伝活動の展開に力を注いできた。ヤクルトは上海、天津、無錫の三カ所に生産基地があり、それらの基地内にはいずれもヤクルトの科学性を普及させるためのレセプションホールや展示およびインタラクティブエリア、製造見学コースなどが設けられており、常に人々がグループで見学に来ている。人々を「迎える」だけでなく、ヤクルトはさらに「出向いて」おり、学校や住宅コミュニティ、政府機関などで講座やクラスを開いている。上海の科学技術館では定期的に「科学Liveショー」活動を行い、見物客に腸の健康や食事のバランスに関する知識について解説している。ヤクルトはかつて3年連続で上海科普教育発展基金会が授与する「科普公益貢献賞」に輝き、中国食品化学技術学会が贈る「全国食品科普教育基地」の称号を2回も受けた。2022年には中国科学技術協会によって「2021-2025年度第一期全国科普教育基地」と命名された。

二つの理念の融合とバランスに長けている

上述の点以外で、ヤクルトに関して最も興味深いのは、ヤクルトが二つの異なる理念を融合させながらも、その中で終始バランスを保っていることだ。

広告宣伝の面で、ヤクルトは世間知とアカデミックな戦略のどちらも持ち合わせている。一つは「泥臭い」洗脳式宣伝で、もう一つは高尚で上品な大衆向けのポピュラーサイエンス教育の展開だ。

市場開拓の面で、ヤクルトは落ち着きを見せながらも、アグレッシブな一面も併せ持つ。初期に慎重に選んだ上海や広州で飛躍して、足元をしっかり固めた後、すぐに全国市場に展開し始めた。ヤクルトは現時点で中国に50社の子会社と6つの生産基地を持つ。初めに上海と華東部の市場を満たした後は足踏みし、最終的に中国のビール市場を撤退したサントリーと比べて、その差は一目瞭然だ。

商品戦略の面で、ヤクルトは柔軟な一面と原則を順守する一面を兼ね備えている。2002年にヤクルトが中国に進出したばかりの頃、中国人が理解しやすいように、商品名を「益力多」に改め、広州に設立した会社の名前も「広州益力多乳品有限公司」にした。しかし、その一方で、中国のライバル企業がひっきりなしに様々な新商品を発売する中で、ヤクルトは20年にわたってただ一つの商品を販売してきた。少し前に広州ヤクルトで中国の業務全体を統括する梅原紀幸総経理はメディアからの取材時に、商品の増加を検討するか否かについて言及したが、梅原総経理はすべての精力をヤクルトに注がなければならないという考えを示した。実のところ、日本でヤクルトはすでに常温乳製品、要冷蔵ヨーグルト、要冷蔵プロバイオティクス飲料、粉ミルクからマーガリンまで、数十種の品目を網羅している。さらに、蒙牛や伊利などの中国のライバルメーカーが価格戦に打って出たときも、ヤクルトはそれまでと同様に1本2.2元(約44円)で販売を続け、ショッピングモールやスーパーマーケットなどの販売チャネルが販売促進のために割引キャンペーンを行うことを許さなかった。そのようなヤクルトの頑固な姿勢を批判する者もいるが、乳酸菌飲料は新しい味の追求が求められるソフトドリンクではなく、健康を標榜する飲料であり、消費者がより注目するのは安定した信頼性だ。変化が多すぎるなら、かえって消費者の不信感を招いてしまう。

試練にも直面

2022年7月に天猫国際が発表した『2022世界プロバイオティクス発展白書』によると、中国は既に世界第二位のプロバイオティクス消費市場になっている。ユーロモニター・インターナショナルのデータも現在中国のプロバイオティクス消費市場は毎年11-12%の速度で成長しており、間もなく1000億元の大台を突破することを示している。今後展望できる点として、ヤクルトは中国においてさらなる発展の余地を有している。

しかし、ヤクルトも新たな試練に直面している。現在、伊利、蒙牛、光明など中国の乳業最大手がみなプロバイオティクス飲料という巨大市場に注目しており、これらの企業は商品の包装や成分をヤクルトに近いものにし、価格もより安くしている。同等の容量で、伊利、蒙牛の商品価格はヤクルトのわずか80%前後だ。同時にこの2年間でネスレや澳優、WonderLabといった多くの外資ブランドも中国市場に攻め込み、商品の流通を行っている。

昨年、「プロバイオティクスが新型コロナウイルスによる肺炎防止に重要な作用を及ぼす」という宣伝により、ヤクルトの関連企業である上海益力多乳品有限公司が上海市浦東新区市場監督管理局から45万元の罰金に処された。このような危険の伴う行為は一つの側面として、ヤクルトが今直面している大きな競争圧力を反映している。

ライバル企業以外に、中国の新世代消費者層の発展やEコマース、ライブによる販売促進などが従来の販売チャネルに与える影響が顕著になるにつれて、ヤクルトは市場で多くの新たな変化に対応する必要がある。ヤクルトが今後、そのような変化に効果的に対処できるか否かについては、期待を込めて今後を見守るしかない。

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