『必読』ダイジェスト ディープシーク(深度求索、DeepSeek)の登場は、中国の人工知能(AI)分野が進んでいることに世界を大いに驚かせた。実は、21世紀の科学技術の「高地」とされるバイオテクノロジー分野でも、中国は静かにトップの位置に進んできた。
中国は長期にわたり、ジェネリック医薬品(後発医薬品)を生産し、原薬を供給することで知られてきた。だが今では、中国は米国に次ぐ世界2位の新薬研究開発国となっており、しかも中国で生産されるイノベーション薬品の価格は競争相手よりも低価格となっている。
「キイトルーダ」(Keytruda)はがん免疫療法薬で、史上最も利益をあげた薬の一つと言える。2014年の発売以来、米国の製薬会社メルク・アンド・カンパニー(Merck&Co.)に1300億ドル以上の売上高をもたらし、昨年だけで295億ドルに達した。だが昨年9月、ある実験薬がかつてない成果を上げた。非小細胞肺がんに対する後期臨床試験では、患者の病状の悪化なしの生存期間をほぼ2倍の11.1か月に延長したが、「キイトルーダ」は5.8か月にとどまった。この結果は衝撃的なものであったが、この成果を上げた会社もまた人々を驚かせた。これまでほとんど知られていなかった中国のバイオテクノロジー企業「康方生物科技(アケソAkeso)」だったからだ。
米イーライ・リリー、英アストラゼネカ、グラクソ・スミスクラインのような大手企業を含め、中国で開発された製品を欧米市場に持ち込みたいと、中国企業と提携を展開し始めている欧米の製薬企業がますます増えている。昨年、欧米の製薬会社が締結した大型ライセンス取引(5000万ドル以上)の3分の1近くが中国企業と締結しており、この割合は2020年の3倍に達している。コンサルティング会社の艾意凱(L.E.K.)は、この間に中国から欧米に権利譲渡された医薬品の総価値が15倍に増加し、480億ドルに達したと推定している。
中国企業はどのようにして「追随者」から「リーダー」へと徐々に変わっていったのか。重要なのは、中国企業が異なる「プレイ方法」を選択したことにある。
これまで、ほとんどの欧米の大手製薬工場は「先発医薬品のイノベーション」という伝統的な戦い方で戦ってきた。長期間に及び、高額の投資で、成功率は低いが、一度成功すれば収益率は高いというものだ。一方で、中国企業は「ファスト・トラッキング」戦略を選択しており、この戦略は医学を徹底的に覆すことを求めているのではなく、既知のターゲット、分子構造、治療メカニズムに基づいて、既存の薬物を最適化し、治療効果を高め、副作用を減らす、あるいは薬品の配達方式を改善するものだ。先発医薬品は10〜15年の研究開発サイクルを必要とするのに比べ、ファスト・トラッキングの医薬品は5〜7年で発売されることが多い、先発医薬品1種類に25億ドルの開発資金が必要になる可能性があるのに対し、「ファスト・トラッカー」はわずか3〜5億ドルのみで済むことが多い。また、その改善は既存の薬物原理に基づいているため、臨床試験の成功率も著しく高まっており、この戦略はリスクコントロールにおいてより強みを持つようになっている。
言い換えれば、中国は巨人の肩の上に立ち、より低コストで、より速いスピードで、既存のイノベーション成果を商業化しているのだ。例えば、メルク・アンド・カンパニーのキイトルーダが世界の抗PD-1抗体市場を席巻している一方で、康方生物科技はこれに基づいて分子構造を最適化し、より治療効果の高いイノベーション医薬品を開発し、臨床試験で強力な競争優位性を示している。
では、他の国はこの成功モデルをコピーできるのだろうか。答えは「ノー」だ。中国ほど政府が企業の科学技術革新に深く関与できる国はないからだ。
約20年前、中国政府はバイオテクノロジーの発展を戦略重点分野に位置づけた。中国の第14次五カ年計画では、バイオ科学技術を中心的な発展分野とすることを明確にし、補助金や税制上の優遇を提供するだけでなく、大手科学技術企業のバイオ医薬業界への参入を奨励している。
2015年、中国の医薬品監督機関は影響力のある改革計画を開始し、監督機関は大規模に編成を拡大し、わずか2年で滞積していた2万件の医薬品申請を整理した。1回目の治験の平均承認期間を501日から87日に圧縮する。また2018年から新薬審査評価制度改革を開始し、新薬の発売審査・認可期間を平均7年から14か月に大幅に短縮した。
臨床試験は薬物の研究開発プロセスの中で時間が最も長く、コストが最も高い段階だが、中国の病院の圧倒的多数は体制内の公立病院であり、政府は病院と医師に科学研究の仕事をサポートするよう求めており、中国の臨床試験のスピードは欧米よりずっと速い。康方生物科技は「われわれは世界の他のどこと比べても2倍、あるいは3倍のスピードで物事を進めている」と述べている。
データによると、2013年、第1相〜第3相の臨床試験のうち中国の企業が実施したのはわずか3%だった。しかし、10年後の2023年にはこの数字は28%に上昇。米国の割合は37%から34%に低下し、欧州は38%から23%へと激減、日本も11%からわずか4%と大幅に低下している。
政府の強力な支援の下、中国のバイオ医薬品は発展のピークを迎えた。2021年から2024年の間に、中国で研究開発段階にある薬物数は倍増し、4391種類に上った。2023年に中国国家薬品監督管理局が承認した新薬数は68に達し、世界全体の34%を占め、初めて米国を抜いて世界最大の新薬申請国となった。
AI時代の到来に伴い、中国政府はAI製薬を支援の重点に挙げており、これにより中国企業の研究開発スピードがより速くなり、「ゲームのルール」が変わることも期待されている。現在、香港とニューヨークに拠点を置くインシリコ・メディシン社は世界初のAIによって設計された小分子新薬を開発し、臨床試験段階に押し込んでいる。業界は、「中国が世界で初めてエンドツーエンドのAI製薬工業化を実現する国になる可能性がある」と予想している。カギとなるのは、中国政府だけが製薬会社に中国14億人の医療データを使ってAIのモデル・トレーニングを行わせる能力を持っているという点だ。
(『日系企業リーダー必読』2025年3月5日の記事からダイジェスト)
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