『必読』ダイジェスト 1月下旬以降、世界の科学技術で最も人気のある話題は、中国製の大規模言語モデル「DeepSeek」だ。DeepSeekが衝撃を引き起こしたのは、数学、コード、自然言語推論(NLI)などの面で、OpenAI o1モデルに匹敵する性能を比較的低コストで獲得したからだ。DeepSeek R1の事前トレーニング費用はわずか557.6万ドルで、2048枚のエヌビディアH800 GPU(中国市場向けの低性能版GPU)クラスター上で55日間実行して完了し、OpenAI GPT-4oモデルのトレーニングコストの10分の1未満に過ぎない。
これは業界に新たな可能性を見せたが、GPUチップの効率的な節約は、業界に疑問を抱かせた。それほど多くの計算力が必要なのだろうか、と。これによりエヌビディアの株価は急落し、時価総額で5900億ドルが蒸発し、ナスダック総合指数も大幅に下落した。同時に、百度など中国のテクノロジー株、AI大型モデル概念関連株は堅調であった。
DeepSeekの成功はある程度偶然だが、偶然の中には必然もある。テクノロジーは常に自分で活路を見つけるもので、思わぬところから生まれるものである。
DeepSeekはクオンツファンド「ハイフライヤー・クオント(幻方量化)」の支援を受けて設立された。クオンツファンドとは、通俗的に言えば、コンピュータやアルゴリズム、AIなどの技術を利用して資本市場に投資することだ。金融市場を研究する必要があるため、この会社は徐々にGPUや人材を蓄積し始めている。最初の1枚から、2015年には100枚、2019年には1000枚になった。2021年には、ハイフライヤー・クオントが先見の明をもって1万枚のGPUを備蓄し、大手インターネット企業以外で唯一、1万枚のA100チップを備蓄した企業となった。AIの潮流の中で、人材、GPUを有するハイフライヤー・クオントは「深度求索」(英語でDeepSeek)という企業となった。当時の業務は、クオンツファンドや金融とも直接関係がなかった。
ハイフライヤー・クオントの経路はある程度、エヌビディアと似ている。当時、黄仁勲(ジェンスン・フアン)氏も、ゲームチップが今日のように広く重要な用途があるとは思っていなかった。
だから、DeepSeekの登場は、無から有へという「0から1」のイノベーションではなく、いわば「1から100」のイノベーションだ。中国は超巨大な市場規模を持つ国であり、整った産業チェーンと巨大な規模のエンジニアを擁し、迅速な大規模生産と市場応用の能力を備えている。これにより、中国は「1から100」の革新の過程において、工程化、大規模化応用において大きな優位性を持つようになっている。良好な市場環境があり、優秀で勤勉な人材がいて、企業が試行錯誤を続けていれば、イノベーションの成果が出てくるのだ。
中国にはこのような優位性があるため、DeepSeekの成功は唯一の例ではなく、似たような例はまだたくさんある。
例えば、ちょうど1月下旬、4000万人の有料ユーザーを有するファイル共有サイト「百度文庫」は、国内1位、世界2位の規模であることから、マイクロソフトのCopilotに次ぐ成績をあげ、「2024年世界AI製品有料ユーザー規模」ランキングにランクインし、唯一の人気のある商業化した中国のAIアプリとなっている。
また、自動運転分野では、「蘿蔔快跑(Apollo Go)」はフォーブスの「世界の自動運転マイルストーントップ10」とMITテクノロジーレビューの「ブレークスルー・テクノロジー10 2025」に相次いで選ばれ、中国が世界の舞台に登場し、グーグルのWaymo(ウェイモ)やテスラに対抗する唯一のプレイヤーとなった。
アプリは技術革新にも反哺している。2024年5月、Apollo Goは世界初の自動運転大型モデルを発表した。中国の道路状況と交通は米国よりも複雑であるが、大型モデルのおかげで、Apollo Goは累計1.3億キロの重大事故ゼロの記録を達成しており、複雑な交通シーンの処理能力はグーグルのWaymoに全く負けていない。しかも、DeepSeekと同様、Apollo Goの第6世代車のコストはグーグルのWaymoの車の7分の1に過ぎず、テスラが2026年に量産すると発表したサイバーカブ(cybercab)よりも低い。
AIの大型モデルからAIの商業目的でのアプリ、さらにエンボディドAI(具現化された身体性をもつAI)を最速で実現した製品の自動運転に至るまで、DeepSeek、百度文庫、Apollo Goはいずれも中国のAI力が米国に負けていないことを証明し、中国が「1から100」までのイノベーションにおいて強大なエンジニアリング力を示していることを証明した。
このような現象と傾向はAIの分野だけではなく、新エネルギー車(NEV)の分野など多くの業界で類似の現象が存在している。NEVは中国が発明したものではなく、テスラこそがこの新技術のトレンドのけん引役である。
リチウム電池も中国で発明されたものではない。リチウム電池の発明は、1970年代から90年代にかけて米国の科学者2人と日本の科学者1人が重要な貢献をした。彼らは共同で2019年のノーベル化学賞も受賞している。だが現在、中国の巨大かつ整った産業チェーンに依拠し、中国の優秀で勤勉なエンジニア、企業家の努力の下、エンジニアリング上の絶え間ない最適化によって、現在、中国のリチウム電池産業と技術はもはや世界トップの地位にある。寧徳時代、比亜迪(BYD)などの中国企業は電池のエネルギー密度、安全性、コストパフォーマンスの面で絶えずイノベーションを続け、世界の電池技術の進歩を推進している。中国のNEVも世界市場を「攻略」している。
近年、欧州連合(EU)のグリーン技術分野の政策はますます保護主義に向かっているが、EU自体の新エネルギー技術は際立っているとは言えない。EUは中国の技術を手に入れることを望んでいる。英国『フィナンシャル・タイムズ』によると、EUは補助金を受ける際に技術移転することを中国企業に要求することを考えており、この新ルールはまず電池分野に適用され、将来的には他のグリーン産業に拡大される可能性がある。このプロセスにおいて、中国はすでに技術拡散の引き受け者から、技術移転の国に変わっている。
「1から100」のイノベーション力の下では、中国の巨大な市場規模は強みだ。DeepSeekは空中の楼閣ではなく、市場で技術を応用し、応用の中で独自のイノベーション力を蓄積したハイフライヤー・クオントがもとになっている。
これは、技術の応用、産業環境の持続可能な発展が、中国の現在のイノベーションの源泉となる力であることを意味している。百度の創業者である李彦宏氏はかつて、「重大な技術ブレークスルー、破壊的イノベーションは、往々にして大規模化応用の結果であり、原因ではない」とコメントしている。
DeepSeek、百度文庫、自動運転のように、絶えず技術を実用化してこそ、中国のイノベーションは市場から力を得て、「1から100」という巨大な強みを維持することができる。そして、この能力がある程度に達すると、応用レベルからより基礎的な「0から1」イノベーションのレベルを貫くことができる。
(『日系企業リーダー必読』2025年2月5日~20日の記事からダイジェスト)
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