研究院オリジナル 京東グループでチーフエコノミストを務める沈建光氏は、2024年12月23日にウィーチャット・パブリックアカウント「沈建光博士宏観研究」に掲載されたエッセーを、以下の通り抄訳した。


近年、世界の産業チェーンが延伸し続けており、事業の構造も大きな変化を経験している。中米貿易摩擦、新型コロナウイルスの流行、欧州エネルギー危機、地政学的な問題、国内経済の落ち込みなど複数の要素が重なっているため、中国企業は世界全体における自社の布陣を注視し、調整せざるを得なくなっている。今、中国企業は新たな海外進出の波を巻き起こしており、「出国(海外進出)しないなら、即敗退」という考えが共通認識になる中で、海外生産基地の配置および技術協力を次々に加速させ、変遷する世界の産業チェーンの中で新たなポジションを探し求めている。


中国企業による海外進出の駆動要因


中国国内において生産要素のコスト急上昇や需要不足、国際貿易環境の緊縮が生じる中で、中国にとってさらに多くの製造能力を収容することは難しく、産業の移転や輸出の代替は好転させるのが困難な傾向にある。


コスト駆動から見ると、人件費では、香港の循環型経済指標連合(CEIC)の試算によると、2023年の中国における一人当たりの月収(1336ドル)は、メキシコ(893ドル)、マレーシア(763ドル)、タイ(445ドル)、ベトナム(332ドル)、インドネシア(192ドル)などの国々をはるかに上回っている。税収コストでは、中国の企業所得税が総税収に占める割合は25~27%前後(米国の割合はわずか10~14%)で、一般的に他の先進国よりも高い。中国の物流コストと原材料コストも比較的に高くなっている。


市場駆動から見ると、一つ目にコロナ禍後の国内経済の回復は予想に届かず、不動産市場は低迷し、国民の期待も薄く、消費マインドの向上は難しいため、総消費率は非常に低く、企業は国内販売におけるシェアを向上させるという面において大きな困難に直面している。二つ目に、多くの企業および資本が新エネルギー、太陽光発電などの産業政策で支えられている業界にこぞって殺到しているため、生産能力の規模が急上昇しており、国外循環が不調な状況下で、生産能力が国内需要を大きく上回るなら、市場が飽和状態となって競争が激化する。


熾烈な競争の中で、企業はコストを削減し続け、「価格戦」に打って出ることにより、企業の利幅が大幅に圧縮されている。しかし、海外では価格を上げて販売することができる。海外進出を果たした複数の新エネルギー自動車は、国内と国外の価格に明らかな差が見られるが、欧州市場では一般的に価格が中国国内の2倍だ。従って、新エネルギー、インターネット、ハイエンド製造など一連の競争力のある新興ハイテク企業は積極的に海外に進出し、新たな成長空間を求めている。


リスク駆動から見ると、米国は製造業の国内回帰を進め、「ニアショア・アウトソーシング」と「フレンド・ショアリング」政策を推進し、中国の商品に対して高額の関税をかけ、製品の補助金申請のハードルを上げ、さらに基幹原材料に対して輸出規制を実施している。欧州連合は「経済安全」戦略を提起し、中国の新エネルギー自動車業界に対して反補助金調査を行うことによって、中国企業が生産基地の移転に着手せざるを得ないようにし、技術ライセンスなどで欧米の受注を保持しようとしている。


中国企業の海外進出に見られる新たなトレンド


トレンド1製造業の対外投資シェアが着実に上昇。2022年末時点で、製造業は対外投資が最も活発な主体であり、合わせて9021社に上り、中国国内にいる対外投資家の31.8%を占める。製造業の対外投資累計額は2678億2000万ドルで、中国の対外直接投資総累計額の9.7%を占め、主に自動車製造、コンピューター/通信および他の電子装置製造、専用装置製造、その他の製造、医薬製造、非金属鉱物製品などの分野に分布しており、その中でも自動車製造業の累計額は631億8000万ドルで、製造業投資累計額の23.6%を占める。


トレンド2製造業の上場企業による海外工場建設数が顕著に増加。2010年以降、上場企業による海外での工場建設が徐々に加速しており、2013年、2016年および2019年に相対的なピークに達したが、コロナ禍後に新たな海外での工場建設ブームが生じ、2023年の建設数は最高記録を更新し、拡大の速度も持続的に上昇している。上場企業が公開している統計では、2023年11月時点で、A株上場企業(5300社以上)のうち海外で工場を建設した企業は399社に達し、2018年末の頃の2倍になった。海外で工場を建設している企業は主に労働集約型で、制裁の影響を大きく受け、かつ海外需要が高い製造業に集中している。


具体的に見て、海外で工場を建設している上場企業が所属する業界は電子、機械、自動車が主で、その後に化学工業、医薬、軽工業製造が続く。企業による海外工場建設の数が多い国は順に米国(97社)、ベトナム(62社)、シンガポール(55社)、タイ(46社)、ドイツ(34社)などだ。企業が海外での工場建設に選ぶ国と建設する工場のタイプを組み合わせてみると、販売および開発を専門にした工場の建設用地として選択されている国は米国、ドイツ、シンガポールなど経済が発展した国々で、建設の意図は主に市場を開拓することにある。工場や基地、プロジェクトなど製造に特化した工場の建設用地として選ばれている国はタイ、マレーシア、ベトナムなど東南アジアの国々で、その目的は主に製造コストを節約することにある。


トレンド3東南アジア、メキシコなどが中国企業による海外進出の重要な目的地に。地域的な包括的経済連携協定(RCEP)の調印により、ますます多くの中国企業が視線をベトナムやインドネシア、マレーシアなどの東南アジア諸国に移している。2017年以降、アセアンは中国の対外直接投資額が占める割合の最も大きい地域になっており、その割合は上昇し続けている。2022年、アセアン諸国に対する中国の直接投資額は186億5000万ドルに達し、約20年間で二番目に高い水準となり、当年の直接投資フローの総額に占める比率は11.4%に達した。


同時に、中米による争いが激化している背景の下、多くの中国企業が対米輸出の中継地点としてメキシコを選んでいる。メキシコに対する中国の直接投資額は2021年に76%上昇し、2022年には再び48%増加した。現時点で、約3000社の中国企業がメキシコ市場に参入している。


トレンド4インターネット分野の新業態、新しい方式での海外進出が急速に発展。近年、中国のインターネット・モバイル業界では、越境ECやショート動画、ゲームなど多くの新業態が続々と登場し、国内市場で巨大な成功を収めた。国内のインターネットボーナス期が下り坂に入っている状況下で、(中国企業は)続々と積極的に海外進出して新しい市場を探し、成熟したビジネスモデルと資本面でのバックアップを武器に、海外で急速に台頭している。2017年5月に海外進出してからの7年間で、ティックトック(TikTok)は膨大な数のユーザーを獲得し、海外で絶大な人気を得た。2024年4月時点で、ティックトックは世界に15億6000万人の月間アクティブユーザーを擁し、最も人気のあるSNSサービスランキングで5位に入った。


中国企業の海外進出が及ぼす影響


一、世界の産業チェーンの再構築プロセスと国際貿易構造の変化を加速させる可能性がる。中国企業は相手国が整った産業チェーンの構築の加速を助けられるかもしれない。家電業界を例に挙げると、メキシコやベトナムは中国に代わって、それぞれ米国にとって最大のテレビおよび掃除機の輸入元になっている。メキシコは中国に取って代わって米国にとって最大の輸入相手国となり、中国は3位に転落した。同時にアセアンが米国と入れ替わり、中国にとって最大の貿易パートナーとなった。


二、中国国内の雇用機会が減少し、地方政府の財政圧力が増大する可能性がある。


三、中国における「産業の空洞化」リスクを招く可能性がある。中国企業は「一本化」した経営戦略に慣れており、上流、下流企業を統合して一緒に移転させようとするため、特にBYDや寧徳時代(CATL)、レノボといった製造業の大手企業は、資金や技術、設備、生産能力、整った産業チェーン、ヒューマンリソースなどの産業要素をすべて海外に移転させることだろう。中国企業と中国の外資企業による海外移転は、中国国内における一部の産業チェーンの完備された状態に打撃を与え、産業チェーンの様々なエンティティ間での協力コストが上昇する一方で、製造業の効率が下がるため、中国製造業の総合的な競争力を維持する上で不利になる。


米国やドイツ、日本といった世界の主要な工業国家の同様の発展段階と比較して、近年中国の製造業が占める割合の低下を迎える時期がより早く、低下する速度がより早く、その幅も大きいため、産業の「空洞化」を招く可能性について警戒する必要がある。

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