1月12日、珠海で32年もの間稼働してきた佳能(キャノン)珠海有限公司(以下キャノン珠海と略)は生産停止を発表し、世論に大きな波紋を呼び起こした。近年、中国の外資企業が生産停止を行うのは極めて日常的なこととなっており、キャノン珠海が話題となったのは、従業員への補償プランである。キャノン珠海が発表した公告によると、従業員への補償プランは法定補償基準をはるかに上回るもので、30年のキャリアをもつ従業員は150万元を超える補償を得ることができる。

大部分の日本企業にとって、これは通常の行為に過ぎないだろうが、中国企業の従業員からすると、キャノン珠海の補償プランは「震撼」という言葉で形容できる。なぜなら、中国の労働契約法の規定によると、従業員の毎月の平均給与が現地社会の平均給与の3倍だった場合、定額の3倍が上限とされ、さらに計算される勤続年数は最高で12年だからだ。一方キャノンが提示するプランでは、金額の上限がないばかりか、時間の上限もない。給与が高ければ高いほど、勤続年数も長く、得られる補償が多くなる。それに比べ、中国の企業が退職する従業員に対し、法定基準に基づいて補償を与えれば、大部分の人は大いに満足するだろう。中国の一部の企業は法に基づく補償を与えないばかりか、悪意ある未払いや給与ピンはねなどを行うこともめずらしくなく、出稼ぎ農民の給与未払い問題は国が毎年年末に行う重点取り締まりの対象となっている。そのため、キャノン珠海の補償プランが発表されるやいなや、たちまち論議の焦点となったのである。

ニュースメディアでもネットでも、キャノンの補償プランは一般的に高く評価され、キャノン珠海は企業の労働者の権益を大いに尊重し社会的責任感を示していて、「良心的な企業」だとされている。同時に一部の中国企業への失望や批判もわき上がり、「われわれの企業はどうしてこのように社会的責任感がないのか」という疑問も呈された。

しかし、ネット上では、珠海がわざと国内企業の補償基準をひきあげ、国内の労働者と企業との関係を悪くしようとしていると責める極めて奇怪な言論も出現している。しかしこうした「陰謀論」は、すぐさま各方面から強烈な批判を浴びた。しょせん、これは明らかに常識と各人の切実な利益にはずれた見方だからだ。中国の『新京報』の社説がその代表的な例で、キャノンのやり方は理解に難いものではなく、その理由は多元的なもので、企業文化のため、あるいは財力が豊であるため、また企業信望や企業イメージづくりによって長期的な報いを得ようとしたためかもしれず、その理由がなんであれ、企業がより手厚い待遇を従業員に与え、双方が平和的に別れることは、奨励に値することだと社説は論じている。もし自分が離職する従業員であったなら、自分の労働が充分に補償されることを願わない人はおらず、誰もがより多くの安定感を得たいと願うものだからだ。

実際、中国のネット上では、大部分の「陰謀論」は政府系メディアではなく、ネット上で注目を得たいがあまりわざと人の気をひこうとする人たちによるもので、彼らの言うことと思うことはしばしば一致しない。もちろん、極端で非理性的な民主主義情緒で頭がいっぱいな人もいるが、それは少数にすぎない。

客観的にみて、キャノンの補償基準はその他の企業にある程度のベンチマーキング的な「圧力」を与える可能性があるが、こうした圧力はより中国の外資企業、特に中国の日本企業に向かうものとなるだろう。なぜなら、中国企業の通例からみて、一般従業員は余り高い期待を抱いておらず、キャノンの基準を企業に求めることはないからだ。

そのほか、キャノン珠海の工場閉鎖自体も世論の注目を浴びた。キャノン珠海工場は発展の最盛期には1万近い従業員を抱え、キャノンのデジタルカメラ、デジタルビデオカメラはすべてここで生産され、世界に販売されていて、キャノンの最も重要な海外生産基地の一つであった。現在、スマホや逐次取って替わったデジタルカメラ、特に小型デジタルカメラ市場のため、それに加えてコロナの影響により、経営は空前の危機にさらされ、会社は生産停止を決定した。実際、キャノン珠海工場の閉鎖はキャノンが続けている業務調整計画で、2020年にはキャノンの印刷業務がキャノンの年間売上高の51.7%を占め、映像業務はわずか17.1%を占めるだけで、医療業務収入の割合は13.8%にまで増加している。キャノン(中国)の小沢秀樹会長兼CEOは、かつて「キャノン(中国)2020~2021企業社会責任報告」のなかで明確に、中国市場に対し、キャノンは事務、印刷、セキュリティ、医療を業務発展の新たなエンジンとすると明言している。

補償プランがこのような影響を呼び起こすとは、キャノン自身も思いもよらなかったかもしれないが、中国における日本企業がこのように広く賛美されることはとてもめずらしい。「良心的な企業」と賛美された以外にも、キャノンはさらに世論にキャノン珠海工場の閉鎖を敗北だと思わせないことに成功し、キャノンはモデルチェンジに成功した会社のシンボルとなり、中国メディアの『毎日経済新聞』は、キャノンが成立してから85年の間、コンパクトカメラ・一眼レフから、ミラーレスまで、そしてカメラ・プリンターから、医療映像まで、どのモデルチェンジも時代に順応するものだったと称賛している。キャノン珠海工場はすでにその使命を終え、より大きな未来がはるか彼方にある。

現在、今回の補償事件のために、キャノンに特に注目していなかった多くの中国人も、日本のキャノンカメラの広告スローガン「感動常在」を知ることとなったが、これはキャノンがどんな巨額な広告費を費やしても成し遂げられないほどの宣伝効果となった。この点からみると、すべての中国にいる日本企業が手本とできるものだ。

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