『必読』ダイジェスト 「ときには自分の責任を振り返ってみるのも必要だ。もう長年給料が上がっていないのでは?真面目に働いてるの?」

2023年9月16日、中国のインターネットライブ配信「ライブコマース王子」(別名「口紅王子」)として知られる李佳琦がこんな言葉を口にした。李は79元の「花西子(フローラシス)」ブランドのアイブロウ・ペンシルをライブ配信で商品の紹介をしていたのだが、一部の視聴者が「このブランド(の商品)の価格はどんどん高くなっている」とコメントしたことに対し、このような言葉で反論したのだ。

李のこの発言はマイクロ・ブログ(微博)でシェアされて炎上し、瞬く間に約2000万リツイートされ、コメントが書き込まれ、その日の検索順位第一位となった。これらのメッセージの大半は「庶民からお金を稼いでいるくせに、その貧しさを嘲笑している」とか、「若者が‟寝そべり”“ふてくされ”てばかりで仕事をしないのは、努力を怠っているわけでもお金を稼ぎたくないわけでもなく、その機会がないからだ」「物価は上がるばかりで、賃金は3年間下がりっぱなし。これを、努力が足りないせいだというのか」などといった内容で、李は一夜にして100万人以上のファンを失った。

この炎上騒動は、中国経済の低迷と若者の失業の窮状を反映したものだ。

過去6ヶ月間、中国の若年失業率は史上最高を記録し、1〜6月までの若者失業率は毎月それぞれ17.3%、18.1%、19.6%、20.4%、20.8%、21.3%となり、16歳から24歳の若者の5人に1人以上が失業しており、国家統計局は8月以降の失業率の公表を中止すると発表した。

一方、中国の富の3分の1を占めてきた不動産セクターは、現在、危機的な状況に陥っている。エコノミストたちは次々に経済成長率の予測を下方修正しているが、その多くが政府目標の5%を下回っている。

北京大学光華管理学院の劉俏院長は先ごろ、「中国が‟低欲望社会”に突入することはない。なぜなら、現在、国民の所得水準はまだ低すぎるからだ」と指摘。この「低欲望社会」という概念は一般的に「高消費主社会」を経た後、次第に物質的な追求に飽き、自己実現や内面的な安逸と満足を重視するようになることを指している。これを根拠に、劉院長は「低欲望社会」という概念は中国には当てはまらない、と判断したのである。

李は中国で最も成功したいわゆる「ライブコマース・キャスター(キャス主、インフルエンサー)」の1人であり、ある中国メディアは「2021年中国(大陸)ライブコマース・キャスター純収入トップ100」を引用して、「李の年収は18億元に達している」と伝えている。

李佳琦は2017年、淘宝のライブ・キャスターとなり、2018年には『Tmall』(天猫)の「ダブル・イレブン」(双十一)でわずか5分間に1万5000本の口紅を売り切るという記録を打ち立て、「口紅王子」の称号を得た。食品、化粧品から日用品まで幅広い商品を販売し、毎晩数百万ドルの商品を売り上げるともいわれている。

批評家たちは、「何百万人もの中国の若者が暗い経済見通しに直面している今、李の今回のコメントはあきらかに無神経だった」と批判する。

しかしこの怒りは、中国の若者の間に蔓延している幻滅を見せてくれる窓にもなった。「李佳琦の炎上に関するソーシャルメディア上のコメントに、希望が潰(つい)えつつある中国を見ることができる」というツィッターの呟きもある。李のフォロワーのほとんどは景気低迷のあおりを強く受けている若い中国人女性で、その多くが微博(ウェイボー)に生活費を稼ぐことやそのやりくりに苦労している様子、仕事に対して受け取る給料がいかに割に合わないものであるかを書き込んでいる。

ある女性ネットユーザーは、「コロナ禍の3年間に賃金は上昇せず、現在の消費は生活必需品に限られている」と現状を訴えた。また別のネットユーザーは「新卒時の給与は6000元であったが、それから11年後の現在、結婚して子供も生まれたというのに月給は5000元に減ってしまった」という。また別のユーザーは、「公務員」の給与が一律22%引き下げられたといい、「現在の月給は2000元余に減ってしまったのに、仕事量は数倍に増えている。こんなことがあっていいのか」と嘆く。さらには「以前の何倍もの仕事をしているし、残業も増えた。しかし会社は、金がない、受注も減っている、売掛金が多いと逃げ、福利はほとんど削られ、会社から贈られた十数元の誕生日プレゼントも給与から天引きされる始末。こんな状況でも、まだ自分たちの努力が足りないと責められなければならないのか」などといった怨嗟の声もある。

9月18日、ビデオブロガーの「鋭視動画」がマイクロ・ブログ上で、過去3年間に賃金が上がったかどうかをネットユーザーに問う調査を実施したところ、9月19日現在、回答した1万7000人の6割以上が「賃金は上がっていない」と答え、3割近くが「賃金が下がった」と回答し、「過去3年間に賃金が上がった」と答えたのはわずか1割だった。

中国中央テレビ(CCTV)の公式ウェブサイト「央視網」も李佳琦を名指しこそしなかったものの、「多くのライブコマース・キャスターはお金を稼げるようになる前はとても謙虚だが、お金を稼ぐようになると一転して謙虚さを欠くようになる。いずれの業界人も給与や米、油、塩などの庶民のこまごまとした生活と無関係ではいられないが、いったん‟有名になる”と初心を忘れてしまい、そのために嫌われ、淘汰される運命をたどる」と報道した。

李佳琦は失言で炎上したのち、すぐに声明を発表し、発言が不適切であったことを認め、「私はもともと化粧品売り場の販売員をしていたこともあるので、皆さんの仕事がいかにつらく大変かということはよくわかっています。私の発言は皆さんの期待を裏切るものでした」と謝罪。しかし謝ったところでファンの怒りを鎮めることはできず、翌日のライブ放送で再び涙ながらに謝罪した。

この件について多くのネットユーザーはなかなか納得せず、「李佳琦の“罪”はますます大きくなっている」と指摘する人もいる。それは、李が意図せずして「啓蒙者」となり、「一生懸命働いても給料が減っていくとき、そのお金はいったいどこに行ったのか、という問題についてネットユーザーに考えさせるようになった」というものだ。実際、李佳琦と政府の言っていることの意味は同じで、ただ表現が違うだけであった。庶民に反省を求めるだけで、経営者に反省を促したことはない。「外務省は、中国経済は安定して良い方向に向かっていると言ったのではなかったか」と反問するネットユーザーもいる。

(『日系企業リーダー必読』2023年9月20日-10月5日の記事からダイジェスト)

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