『必読』ダイジェスト 十数年前、中国の製造能力に疑いを呈する書き込みが中国のネット上に流れた。その書き込みには「中国は水爆を製造することができ、スペースシャトルを宇宙に送り、空母を建造することができるが、ボールペンのペン先にある小さなボールを製造できる技術がなく、大金をはたいて日本やスイスから輸入するしかない」と記されていた。
この書き込みが拡散してしばらくしてから、中国の総理の目に留まった。2016年初、鉄鋼の生産能力の過剰に関する検討会で、総理はボールペンのペン先を例に挙げたが、その大体の意味は我が国の鉄鋼の生産能力は過剰であるにもかかわらず、ボールペンのペン先といった特殊な鋼材すら製造することができないということだ。その会議の後、このことが瞬く間に各大手メディアのヘッドラインに掲載され、「ボールペンのペン先さえ製造できず、中国は世界の製造強国にどれだけ差をつけられているのか?」と報じられた。この類のタイトルは至る所で見られた。
しかし、数カ月後、中国製のペン先が製造された。2017年1月、中国の太原鋼鉄集団公司(太鋼)はボールペンのペン先に用いる特殊なステンレス鋼の開発に成功し、試験の結果、同製品の品質は日本の製品に相当するものだった。新華社通信がこの出来事を特集にし、中央テレビはこのニュースのためにドキュメンタリーを制作し、太鋼のペン先は国家や民族の栄誉を守る重大な成果と見なされた。
しかし、これに関しても疑問が生じる。その技術は難しいものではなかったのか。スイスと日本しか製造できないのではなかったのか。それならなぜ中国がこんなにも早く開発することができたのか。
実際、ボールペンのペン先は確かに技術水準が高い特殊な鋼であり、中国はそれまでこのような製鋼技術を確かになかった。しかし中国にとって、問題は開発ができるか否かではなく、開発する必要があるか否かにあった。
一本のボールペンのペン先の鋼球はわずか10ミリグラム足らず、中国が毎年製造するボールペンは380億本で、ペン先の総需要量はわずか1千余トンだ。これは基本的に1000万トン以上の生産能力を持つ中国の製鉄所にとって、開発してペン先を生産したところで、投入産出比率はとても割に合わないものだ。
中国の太鋼がボールペンのペン先を開発したのは、それを主に政治的な任務と見なしていたからであり、経済効果の角度から考慮したものではない。太鋼は大量の開発費を投入したほか、さらにそのために生産ラインを改造し、この生産ライン上の全ての装置とフローがペン先の精製の要求に合わせて調整されたが、これにも費用がかかった。最も肝心なのは、ひとたび生産ラインが起動すると、停止することはできず、そうすることで最低限の生産コストにすることはできるが、中国市場で毎年必要とされるペン先はわずか1千余トンであるということだ。これは市場の拡大ができなければ、同社の倉庫にペン先の在庫が山積みになることを意味している。
過剰な生産能力を消化するために、太鋼は世界市場の拡大を急ぐように迫られたのだ。スイスと日本の企業がこの市場を開拓してからもはや半世紀が経過しており、大多数の消費者はすでにスイスと日本の製品を使い慣れているが、中国の太鋼はシンプルに荒っぽい低価格戦略に打って出た。当時のスイスと日本のペン先の販売価格は1トン当たり12万元だったが、太鋼は価格を1トン当たり5~6万元に引き下げた。品質は引けを取らないが、価格はわずか半分であるため、当然のごとく速やかに市場を攻め取ったが、同時に市場を破壊してしまった。
太鋼のこのような低価格戦略の主な目標は生産能力の消化であり、コストを埋めることさえできればよく、どれだけの利益が上がるかは度外視であった。なぜなら、この業務自体が一種の政治的任務であり、通常のビジネス行為ではないからだ。しかし、スイスと日本の企業は大打撃を受け、瞬く間に破産に追いやられた。
ペン先は非常に小さな零細市場であり、約半世紀の発展を経ても、世界でわずか数社の小さな企業が生産しているのみであった。これらの企業がすでに一定の技術の壁を築いており、一般の小企業は足を踏み入れることができず、大企業が技術の壁を破って参入したとしても、市場規模が小さすぎるゆえに投入して生産しても採算が合わないため、参入するだけの価値もなかった。それゆえ、比較的安定した構造が形成されていたのだ。しかし、「中国人が中国産のボールペンの鋼球を使用できるようにする」というこの非営利的目標が従来型の安定したビジネス分野の世界的な構造を覆すなどとはだれも想像できなかったことだ。
スイスと日本のペン先という隠れたチャンピオンたちは、いわば「安泰だと思ってくつろいでいたら、突然災いに見舞われた」というものだ。この悲惨な出来事が表沙汰になった後、多くの日本企業が中国の顧客に対して、「我々の会社のことを宣伝するな、我々の技術を称賛するな、さもなければ当社は貴社との協力を拒否する」と何度も繰り返し言い聞かせた。これらの日本企業はいずれも小さな企業だが、いずれも各分野の隠れたチャンピオンであり、彼らはただ黙ってお金を稼ぎたいと思っているだけで、民族の栄誉に寄与することなどには興味がなく、国家の技術的攻略ポイントの旗手になることにも関心がない。
実のところ、中国の太鋼が生産したペン先は例外に過ぎない。なぜならその製造は純粋なビジネス的考慮によるものではないため、普通の市場行為になりようがない。零細分野の隠れたチャンピオンは市場内にあるロジックの結果であり、中国も多くの専門分野で隠れたチャンピオン型の小企業を有している。例えば、義鳥の商人である楼仲平氏は日本の小企業の「匠の精神」の影響を強く受け、使い捨てストローを専門に製造しているが、世界の2/3のストローの特許を有しており、中国全体の3/4、世界の1/4のストローはみな楼氏が生産したものである。
しかし、日本のこのような企業の憂慮も理解できるものだ。中国はまだモデルチェンジの過程にある大国であり、往々にして政治や世論、文化などの非経済的な要素が市場に影響を与え、単純にビジネス的な角度から問題を見ることができず、日本企業も速やかに中国の社会発展の動向を理解する必要があるだけでなく、常に控えめで注意深くあるのも妥当であろう。
(『日系企業リーダー必読』2022年1月20日-2月5日号記事からダイジェスト)